あき弩育成CHU☆2 いつか死ぬって考えたら

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

いつか死ぬって考えたら


メイプルブログに書くなよって感じの記事を
あえて書いてみます
あえての中には色々な事が含まれているので
読者にとって意味がわからなくても僕にとっては意味があるので
あしからず。



いつか死ぬって考えたら



小学生の時に校長先生が言っていました
「2013年までに大きい地震が絶対愛知を襲う」って。

きっと3つ同時重なる地震の事を言ってたのかな
2013年もあと少しです。
2013年じゃなくても恐らく絶対に起きるものでしょう



僕はいつ死んでもいいと思って欝病の時に生きていました
この世の中に未練はあれど、死ぬなら死ぬで構わないと。
いや、むしろ死にたかった。
きっともやしっ子の病弱な僕はその地震で死ぬだろうと。
過去のトラウマにとらわれて今を生きる事無く、
時が止まっていました。



初めて死というものを実感したのは数年前
彼女が癌でした。末期癌。
高校行く予定だけど行かないで好きなバイトをして
残された命、「今を生きる」事に専念していました。
結果的に延命に過ぎない肺の移植手術の時に
出血多量を起こして?脳にダメージがあり?
僕の記憶を全部無くして、、。はい。



僕は神様を信じてませんでした。
神様がいるとしたら、何故この世の中はあまりにも悲惨なんだろうと。
その当時の彼女は詳しくは言いませんが
レ〇〇で初めてを失ったり、親が中毒者でそれの金の為に体を、、
などしていた過去があり、挙句の果てに末期癌
あまりにも悲しくて悲惨だった



それから数年。欝もある程度抑えられ、
15歳の時にすごい暗い印象を持たれがちだった僕は
ただのアホになりました。
アホって言うのは素晴らしい事です。
アホになる術を身につけると一気に楽しいことが増えます。
カラオケで無駄にはしゃいだり、体育祭ではしゃいだり。



そして数々の「今を生きている」人達に出会いました。
大学4年生の年ながら、大手CDショップにアルバムが置いてある人
出世コースにのった人。
ただ一つの夢の為に必死に努力して掴んでいった人達



僕は過去神様はいないと思っていた
けど、最近親友が幽霊絡みで恐ろしい体験をして
それは結果収まったのですが神と呼ばれる存在が
確かにいることを知りました。
あとは人の「想い」がなす力とか。
この話は信じてもらえない可能性が高い為割合しますが



結果的に思ったのは「祈り」ってのは
本気じゃないと叶わないんだなって。
極端に言えばソファでポテトを食べながらニュースを見て
祈る世界平和と、確かな気持ちで毎年靖国へ行き
参拝して祈る世界平和 どっちのが強いか
比べる意味はないしどちらも願ってる世界平和
でもコレを「夢」に置き換えたら
どっちも夢かもしれないけど、後者はきっと前者よりも
果てしない努力を積んで果てしない想いがあり
それを「祈り」としてぶつけてると思うんです



僕は人が自ら命をたつってのはすごい悲しい事だと
当たり前に思います。
僕の周りには、彼氏と別れた・・死にたい・・ みたいなのじゃなく
すごく心を病んで死にたいと思ってる子が未だに多くいます。



ただその子達に一つ質問をするんです。
「死にたいのか逃げたいのかどっち?」って。
すると皆9割方は逃げたいと答えるのです。
辛いあまりに辛い現実から逃げたくて死にたくなっている。



僕は逃げたくて死んでいってしまうのは本当にやりきれない想いでいっぱいです。
ましてや、もし、その逃げたい気持ちを知っていて何かしてあげる事があったとしたら。
でも最近の想いの力を知ってからもしかしたらと考えるようになりました。



逃げたいってのも想いの一種。もし神様がその祈りを汲み取っていたら、です。
生きていれば良い事があったかもしれない。無かったかもしれない。わからないです。
でももし、無かったら。
もし、神様がいてそれを知っていたら。
もし、自分が神様だったら。
そうであってほしいという楽観的想像です。
元カノもそうであってほしいという楽観的想像です。



いつか死ぬって考えたら



僕も昔は逃げたくて死にたかった人間
死ななかったのは、神様がその想いを汲み取らなかったのは、
まだきっと何かあるからかもしれません。
今を生きている人間に出会って自分も今を生きたくなりました。
まだ死ぬわけにはいきません。自分の夢・ビジョン・想いが
やっと、やっともうすぐ大人とカテゴライズされる年に
出てきたのです。



散々死を肯定してみたけど



死にたかった頃の自分には、死ぬなんて勿体無いよ
お前はコレから馬鹿みたいに幸せな経験を積むんだから
って殴ってやりたい気持ちでいっぱいです。



そして今、命をたちたい人へは
周りが悲しむからなんて当たり前のセリフは吐きません。
ただ逃げたいのであれば死以外の逃げる方法に全力を尽くして逃げて欲しいです。



死神ってのは命を刈り取る邪悪な存在じゃなくて、
もうすぐ死ぬ人の所へ降りてきて悪い霊が寄ってこないように守り
無事に連れて行く天使だそうですよ。



peace




※ザーっといっきに書き上げたので誤字脱字や意思の矛盾あるかもしれないですけど
死の話です。こう書いたものの、僕もまだ心が矛盾だらけなのです。
関連記事
[ 2013/08/16 16:18 ] その他 | TB(0) | CM(5)
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
[ 2013/08/16 23:40 ] [ 編集 ]
非公開さん
道は今も間違いだらけです笑
間違わない道を選ぶ為に少しでもマイナス要素のある
道を選ぶ生き方をここ数年しました。
そして平安を手に入れましたが同時に「可能性」を失いました
「マイナス要素」ばかりとらわれ「正解」に固執する行き方は
正しくもあり間違いでもあったと最近は反省して
冒険を覚えました、が、冒険とは難しいものですね笑

祈りだけで何か変わると本当いいのですけどね
今回の記事を書くにあたっての経験で祈りという言葉の
裏に積み上げられた色々についての重さを知り
それがあってこその祈りという部分を自分は知りました。
祈るという行為は簡単に出来るけど、
すごい本来重い、想いの込められた行為なんだなぁ。と。

このような記事にコメントありがとうございます。
嬉しいです^^:
[ 2013/08/17 02:06 ] [ 編集 ]
承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです
[ 2013/09/12 00:59 ] [ 編集 ]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
[ 2013/10/04 23:01 ] [ 編集 ]
非公開様

このような更新しないブログの
このような場所違いの記事にコメントありがとうございます。

確実に新しい事が最近じわりじわりと起きている人生
僕は幸せ者です。
[ 2013/10/25 14:54 ] [ 編集 ]
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。